TLC匠 ながやま ゆきこ の ページへようこそ。

 

「 私は、何のために生きているのか?  なぜ、ココに存在しているの・・・か? 」
中学2年の、学校からの帰り道、ふと、浮かんだ問いだった。瞬間、胸の奥に穴が開いたような感じと同時に、感覚が一変した。リアルだった全てのモノが、体の感覚さえも、遠く、リアルでなくなった。微かな不安が、少しずつ強まりながら広がっていく。「ヤバイ!」。私は慌てて、自分を引き戻すように、教科書を開いて意識を集中した、…感覚は戻った。その後も、その「問い」は幾度となく浮かんだが、ずっと向き合えなかった。今思えば、その後の人生は、その「答え」を探す道だったと言える。

いろいろあった高校2年の夏頃から、気が付けば、いつ、どこで、誰と居ても、何をしていても、違和感が有り続け、居場所がないと感じた。常に、「死」を考え、「死」(自殺)に向かう状態が続いていた。見かねた母に、半ば騙されて連れて行かれた霊能者。彼は、「死神が命を奪おうとしている」、「ガラスのような心だ」等と言っていた。

30歳の頃、皮膚炎を発症した。いくつのか病院を訪ねても、良くなるどころか、日常生活に支障をきたすようになっていった。そんな有り様に、何か根本的に間違っているのではと思い始めた。それが精神に心を向けるきっかけだった。幾人かの精神世界の本を読み、気功師、ヒーラー、新興宗教、自然農法など、様々な人と出会い、セミナーにも出掛けた。が、どれも直ぐに違うと感じてやめた。ただ、日月神示を読んだ時、分からないながらも、「肉食が心身を穢し、病になる」という考えに至り、動物性を一切排除した完全玄米菜食を始めた。かなりの忍耐と努力を要した。皮膚炎に特に変化ないまま、4年経ったある日、子宮がん検診で異端細胞が見つかった。「そんな馬鹿な、そんな筈は・・・・」、凄まじい衝撃に涙が溢れた。そして気付いた。

そこに居たのは、様々な制約で自分を縛り、縮こまってガチガチに動けなくなった、ギスギスした自分だった。

そして、1997年、私の運命を大きく変えていく一冊の本に出会う。長谷章宏氏の著書、「西暦2000年ミロクの世が開かれる」だ。読み始めから息苦しさを感じ、読み終えたときは、身動き一つ取れず、言葉を失い、息が止まるほどの衝撃を受けた。
「本物だ。とうとう本物に出会った。」、喜びに湧きたつと同時に、「真理に背く、真逆の生き方」をして来た事実に、凄まじい恐怖に襲われた。「今の生活」を続けることも、「本来の生き方」に変えることも、どちらも怖かった。究極の選択を前に、動けないまま、「今の生活」を続けた。
知ってしまったことは消えない。それからの10年、真理に心を塞いでいても、折に触れ向き合う時が訪れ、その度に、真理と今の自分の狭間で気が狂いそうになった。激しい苦しみの一方で、通称「長谷本」は、実生活での様々な困難から折れそうになる自分の支えとなった。結果として、自分に都合よく利用したのだった。

2006年12月30日、初めて長谷章宏氏のセミナーに参加した。翌2007年8月下旬、再びセミナーに参加後、既に活動していた東京メンバーの活動に加わった。週末毎に集まって話したり、長谷氏のセミナーを開催したりした。活動への違和感や疑問から、年末、夫と共に、長谷氏の自宅を訪ねた。そして、年が明けた2008年2月、京都に移り住み、4月にTLC匠を仲間と共に立ち上げる。

当時の私は何にも分かっていなかった。今もすべてを分かってはいない。だが、分かったことを実行していくことなのだと思っている。

永山幸子

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